暗黒物質探索の新しい窓を開く 〜 Belle II 実験が最初の物理結果を発表 〜

 
【図1】Belle II 実験でのZ’ボソンの生成と崩壊の様子を示すコンピュータグラフィクス画像(シミュレーション)。 電子と陽電子の衝突によって、二つのミューオン(緑色の線と検出器のヒット点)とともにZ’ボゾンが生成され、即座に“見えない粒子”に崩壊している。 この図では、Z’ボゾンはニュートリノと反ニュートリノに崩壊しているが、暗黒物質粒子とその反粒子に崩壊する場合もある。 / © KEK, Belle II. Zachary Duer, Tanner Upthegrove, Leo Piilonen, George Glasson, W. Jesse Barber, Samantha Spytek, Christopher Dobson (Virginia Tech Institute for Creativity, Arts and Technology, Virginia Tech Department of Physics, Virginia Tech School of Education) によって開発されたVRソフトを使って作成。

Belle II 国際共同実験の最初の物理結果が、Physical Review Letters 誌に発表されました。 この成果は、宇宙の物質の85%を占めるとされる暗黒物質と通常の物質をつなぐ窓口となる新粒子の初めての探索結果として注目され、同誌の「Editors’ Suggestions」に選ばれました。

成果の概要

今回の成果は、SuperKEKB電子・陽電子衝突型加速器で行われている Belle II 実験において、「Z’ボゾン」と呼ばれる通常の物質と暗黒物質をつなぐ役割をする仮説上の新粒子を探索したものです。 この Belle II 実験初の物理結果として発表した論文では、KEKの電子・陽電子衝突型加速器「SuperKEKB」を使って2018年に取得した初期データの解析結果を報告しました。 現時点ではZ’ボゾンの信号は得られませんでしたが、その性質に重要な制限をつけることに成功しています。

最近の宇宙観測によると、宇宙に存在する物質のうち、我々が知っているのはわずか15%にすぎず、残りの85%は未だ検出されたことのない謎の粒子「暗黒物質」だとされています。 Belle II 実験のみならず、世界中の素粒子物理研究者がこの問題に焦点をあてて取り組んでいます。

Z’ボゾンは、現在の素粒子理論(標準理論)には組み込まれていない仮説上の粒子ですが、暗黒物質と我々の世界を構成している通常物質をつなぐ可能性が高い粒子として理論的に注目されています。 このZ’ボゾンは、SuperKEKB 加速器による電子と陽電子の衝突で生成され、検出器では測定できない暗黒物質粒子に崩壊する可能性があります(図1)。 もしも、Z’ボゾンの存在が確かめられると、素粒子物理学上の未解決問題-暗黒物質の問題だけでなく、これまでの実験で得られている標準理論との食い違い-を解くことが期待できます。

【図2】 Z'ボゾン候補の質量分布(黒丸)を予想される背景事象(ヒストグラム)と比較した図。 暗黒物質の粒子はBelle II で直接測定できないが、電子と陽電子の衝突でZ’ボゾン候補と同時に生成された他の粒子のエネルギーや運動量の情報を使って推定することができる。 Z’ボゾンが存在すると背景事象を超過するピークが出現するが、そのような超過は今回見られなかった。/この図はCreative Commons Attribution 4.0 International licenseで公開されている論文I. Adachi et al, (Belle II Collaboration), Phys. Rev. Lett. 124, 141801 (2020), DOI:10.1103/PhysRevLett.124.141801 のFig. 2を日本語化したものです。

理論に基づいた詳細なシミュレーションによると、Belle II 実験では、正負の電荷を持つ一対のミューオン(質量が大きな電子の仲間)の生成数の超過を見ることでZ’ボゾンの明瞭な信号を得ることができます。 現在のデータからは信号は見られませんでしたが(図2)、今後Belle II 実験で収集されるより多くのデータを使えば、かすかなZ’ボゾンの信号を炙りだすか、あるいは、その存在を棄却することができると考えられます。

今回の最初の物理結果は、2018 年に行われた「フェイズ2」と呼ばれる SuperKEKB加速器の衝突調整運転で得られたごく初期のデータで得られたものですが、このように注目される成果を得ることができました。 2019年以降、SuperKEKB加速器とBelle II 実験は本格的な運転を開始し、電子と陽電子の衝突性能を着実に改善しながらデータ取得を行なっています(注1)。 最終的には今回使用したデータの18万倍ものデータを取得して、暗黒物質の解明やこれまでに知られていない未知粒子の探索に関する多くの研究結果を得る予定です。

なお、今回の結果は2018年に取得されたデータを使用して得られたものです。 現在は、新型コロナウイルス感染症の世界的拡大により、国外からKEKへの渡航は制限されていますが、KEK職員やKEKにいる研究者の献身的努力とインターネットを介したリモート接続による国際協力によって、SuperKEKB加速器とBelle II 実験の運転を継続しています。


(注1)SuperKEKB加速器とBelle II 実験の運転は、2016年2月から6月加速器の試運転を行なった「フェイズ1」、2018年3月から6月に Belle II 測定器を組み込み電子と陽電子の「初衝突」を観測した「フェイズ2」と準備を進め、その後 Belle II 測定器の中心部に崩壊点検出器を設置して、2019年3月から本格的な物理データの取得を行う「フェイズ3」が始まりました。

問い合わせ先

教授 後田裕(うしろだ・ゆたか)

  • 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所
  • yutaka.ushiroda@kek.jp

教授 飯嶋徹(いいじま・とおる)

  • 名古屋大学 素粒子宇宙起源研究機構
  • 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所
  • iijima@hepl.phys.nagoya-u.ac.jp

関連画像

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